死にたみの加速

10月が来てしまった。12ある月の中で一番嫌い。死にたみの加速。

 

死にたいなぁって思う。私結婚しないというかたぶんできないと思うんだよね。結婚しないなら35までには死にたい。まだ綺麗?なうちに。

例え結婚できても子供なんて育てていく自信ないや。少子化に貢献できなくてごめんね。

 

死にたい、と言われた事はたぶんないし、逆に誰かに言ったこともない。もし、言われたら何て返せばいいんだろう。じゃあ死ねば?なんてどう考えてもダメだし、死んじゃだめって言ったら何で?って、また聞かれるんだろうな。死んじゃだめなんて言っても、その人のこれから先の人生を私は何も保証することができないし、守ることもできないのに、死んだらだめ〜なんて気軽に言っても良いのだろうか。それとも、この先の人生を私が保証しますとかじゃなくて、生きてていいんだよ、いなくなったら寂しいななんて、返してほしいのかな。求めてる答えはなんだ。私が誰かに死にたいと言うならば、何を求めて言うのだろう。死んじゃだめ、そんな言葉求めてない。人生には辛いことも悲しいこともあるのよ〜なんて、そんなこと言われなくても知ってる。そう、あることなんてわかってる、わかってるけどそういうことじゃないから。いろいろな意味で回り続けてる世界から開放されたい。透明になりたい。

 

誕生日に死ぬ人は結構多いらしい。バースデーブルーという言葉があるぐらい。特別な日なのに…的な。言ってる事はわかるけど、誕生日に死ぬのはダサいな。そういう問題じゃないけど。特別な日だった。昔は。皆におめでとうって言われたい、特別扱いしてほしいってわけじゃないけど、あ〜他の人にとってはただの普通の日で、昨日とさほど変わらない日なんだろうなぁって。自分がいなくても世界は回り続ける。昨日も今日も明日も他人の誕生日も同じ。何も変わらない。客観的に見ると。

たぶん大人になったら、おめでとうって言われるんじゃなくて、親に産んでくれてありがとうって言うべきなんだろうな。でも私はまだ言えないや。産んでくれてありがとうなんて、言う資格ないよなぁ。言えない。

 

親に何でも話せる人羨ましいよなぁ。何でも話せるとかほんと、意味わからない。何でも話せるって、どういう意味なんだよ。本当に羨ましい限り。